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テヘランでロリータを読む でもって次の講座へのお誘い

今読んでいる「テヘランでロリータを読む」は、イラン出身の女性英文学者アーザル・ナフィーシが、1979年のイスラーム革命から18年間、文化の光を閉ざされた世界で、どのよう自己を保ち、最終的な決定権を手放さず生きて来たか、その経験を綴った文学的回想録です。
 この本によると、革命前、イランでは女性の大臣を二人誕生させ、女性達はヴェールをかぶらず、殆どの大学も女子大生達を受け入れていた。そして、1979年、ホメイニを擁する革命派が権力を握ってから、フセインの攻撃によって、弱体化したイランが、ついにかたくななイスラム社会を保ち切れなくな
るまで、自由の光に輝いていた女性達は、暗いヴェールのなかで、心を殺し、頭をたれ、只ひたすら悲劇が通り過ぎるのを待っていた。
 宗教による思想の弾圧は、日本でも第ニ次大戦中に、神道による基督教や、仏教などのそれがあったが、日本のように、元々多神教の、早い話がきつい戒律に今いち入り込めない日本人気質が幸いしてか、イスラム社会での他宗教の弾圧とは比べ物にならないほどで、この本を読んで、改めて、深刻な宗教感を痛感。まったく、げに恐ろしきは宗教なりだよねー。
 だいたい、無宗教の私にはとんと解らないんだけど、この世に自分自身以上信じられる物が有るんかい。もっとも、最近じゃ物忘れも激しくなって、自分自身も信じられなくなって来てはおりますがね、その自分が信じられなくて、なぜ見も知らない他人の言う事が信じられるんでしょうかねー。ほんとげせませんのですけど、此処でまったく宗教感の違う人間が、「そりやあんた可笑しいよ」なんていちゃもんつけたって、イスラムの坊さん達には何の影響もないし、私ごときが言ってどうにかなるもんなら、宗教戦争なんてトックの昔に消滅してるから、無駄な努力はよしとくけど、どっちにしても、日本人のように、ある意味宗教からは自由な種族にとっては、イランの宗教革命下の女性の立場ってのは、想像を絶する絶望的なものだったんだよね。
 とはいうものの、やっぱり、そんな真っ暗な現実の中でも、人間は楽しみを見い出そうとするから恐れ入る。(ほんと、快楽は人間の糧ですから)
 中国の文化革命当時でも、闇で外国の小説や、ビデオが取り引きされていたように、外出時には、頭からすっぽり身を隠す布で身体を覆い、教育を受ける事も、誰かを愛する事も、全て男達の意向によって決められるような社会の中で、アザ−ル・ナフィシーが試みたのは、心の自由、秘密の読書会を企画運営する事だった。
 大学で講議をもっていた立場から、秘密が守れる、ナボコフや、フイッツジェラルドやジェームス・オースティンなど、イランでは禁じられている作家を理解している生徒達を集めて、自室で勉強会を開いたナフィシーは、この小さなけれど唯一自由な空間を、息苦しさを緩和する僅かな空気穴にして、18年の歳月を送った。
 そのあいだに、彼女と、彼女を取り囲む7人の教え子達は、禁断の書を読み、味わい、分解し、また組み合わせ、ついには自分達の最高のおもちゃにする喜びを体験した。それは冷えきった現実の生活をその瞬間だけでも忘れさせてくれる、最高の娯楽になった。
 女性の立場が特殊なイスラムの社会で、しかもその傾向がピークに達していた宗教革命下のイランで、精神の糧を求めて禁じられた事にも果敢に抵抗していた、ナフィシー達の勇気に感動すると共に、この文化の違いを、解決する術は本当に有るのだろうか、と、宗教の持つ異常で、強力な束縛感に、身震いを感じる。
 それにして、ちょっと無責任だけど、文学にしろ科学にしろ、全てのものを探究するには、社会的な圧迫や、法を犯す緊張感や、そういう、メンタルなストレスがないとなかなか深い所に到達出来ないんだよなー。というのが、その昔ただの好奇心でナボコフの「ロリータ」を読み、扇情的な所だけをつまみ食いして放り出した前科が有る、凡人の私の正直な感想でもあったのですよ。
 でもって、何でこんな話になったかと言うと、次の「インドな…」の講座講師の池本先生が、翻訳した「女性と人間開発」と、多少関連性を感じたからでありまして。
 この中で、文化の違いの中で、女性の置かれている立場が色々あって、西欧諸国から見ると、完全に女性を虐げているように見える現実も、もしかしたら、違う意味を持つのかも知れない。しかし、世界に共通したフェミニズムの観点から言えば、やはり放置して置けないものもあり、その渾沌とした事実をどのように整理し、問題を解決するかを追求しています。
 イランでおこった、いや、アフガニスタンや周辺イスラム諸国では、当然のように続いている、この女性問題が、実は日本の過疎化と深い共通性を持っていると言う興味深い話もきけるという、最後の「インドな人口問題を考える会」、是非ご主席くださいませー。

ベトナム珈琲を飲みながら

ベトナム珈琲を飲みながら
の、25日の講座、期待どおり面白い2時間になりました。
 講師の新江さんは、フィールドワークと言うより、研究室で資料を読んでいる様なタイプに見えますが、話しはじめると、なかなかフットワークがよくて、これなら興味の対象に難無くフィットしていけれるでは? と思わせる人です。
 話は、まずベトナムの歴史から始まりました。
 南越と書く由来をもとに、メコンデルタの豊かな土壌から生まれた、優雅で優しい独特の文化と、それ故にとられた、曖昧な政策。
 まるで黒を白に塗り替える様な圧倒的な政策変換で共産主義を貫いて、着々と国力を高めていった中国と違って、国民の気持ちが反映したがために、人口爆発を制御出来ないベトナムの現状が、この面白い国民性から来ているという説には、なかなか興味深い物がありました。
 元を正せば、中国の南部だったベトナムが、国土の大きさや、温暖な気候、それによる豊かな食料によって、中国とはまったく違った国になっていく過程が、少しわかった様な気がします。
 そして、増え過ぎてしまった国民を養うために、珈琲生産に頼った経済が、今、その珈琲の暴落によって、将来的な不安をもたらしていて、この先、呑気なベトナム国民がどのようにしてくな国を維持していくのか。
 豊かな物を持っているということで、欧米の列強から狙われたベトナム。インドシナ戦争を、不屈の戦いで勝利に導き、どうみても理不尽としか思えない、ベトナム戦争をも、自力で勝利したベトナム。
 ベトナム国民にとって、憎むべき物は、貧しさではなく、自由を奪われることであり、そのためには驚く程の忍耐力を持って立ち向かう。
 「ベトナムで知り合った人達に、何が一番楽しかった? って聞くと「軍隊にいったこと」っていうんですよ。なんか、みんなでいっしょに道を作ったり、畑を耕したり、あんな楽しかったことはない、っていうんですよ。僕なんか、エッ?って思っちゃうんですけど、でも軍隊の行軍なんか見てると、全然軍隊らしくなくて、整列もしないしかけ声もない、みんなおしやべりしながら、ヘラヘラして楽しそうに歩いてるんですよ。それみてると、なんか判る気がしますね。」
 ベトナム人気質を物語る様なエピソードを聞きながら、私はとても共感する物を感じてしまいました。
 そういえば、今回の講座用に用意したベトナム珈琲の飲み方は、あまーいコンデンスミルクをカップの下に溜まるぐらいたっぷりいれて、珈琲の香と、甘くてクリーミーな風味のマッチングを楽しむそうで、あのコンデンスミルク(私も大好き)の濃厚な甘さを愛するところにも、規律より、自由、国力より生活、国より個人を選ぶ(だろう) ベトナム人の気持ちが現れているのではないかと思いました。
 
 

25日の講座


今月の「インドな人口問題……」の講座は、ベトナムでフィールドワークを実践している新江さんのおはなしです。
 フィールドワークとは、その名のとおり、実際に現地で生活しながら調査対象に密着する事で得られる、生々しい現実と、その背後にある堆積した史実の力を検証していく、とてもフットワークのいい学問です。
 つまらない言葉遊びや、数字を出す事だけが実績になってしまっている先の見えない統計だけにひたすらしがみついている、体力の無い学者が蔓延っている中で、珍しく、触ってみたいと思わせる方法で真理を探究している新江さんの講座、とても期待します。
 というわけで、その新江さんから、講座前のメッセージが届きました。なかなか面白い無い様なので読んでみてください。

ベトナム戦争の多様な性格の一つとして、なりふり構わぬ自力更生主義(共産側)と援助依存主義(自由側)の戦いであり前者が後者を圧倒したという側面が
あることを指摘
この自力更正主義と教条的な重工業重視が深刻な農民搾取(合作社)と環境破壊(林業公社)による資源食いつぶしを引き起こしたことを説明します。

自力更正主義は一見持続可能に見えましたが、人的資源と環境資源の有効利用を一国内という近視眼的な立場からしか見ることが出来ず
結局破綻して援助依存主義に逆戻りします。

ベトナム共産党は人口的少数派が資源を独占している状況を改善しようとして
・資本家
・大農場主
・少数民族(大山林主)
から全ての資源を収奪し国有化しましたが、先住少数民族に関して言えば、誰からも不法な奪取を行っていない、焼畑を基本とする生産能力だけに基づく公平
な資源分配であったのに
多数民族が自分で自分を養いきれないために先住少数民族の土地を奪ってそこに入植させるためにこうした論法を正当化しました。その正当化の際のスローガ
ンが貧困緩和です。

水稲不適地が多いベトナム山岳部、特に中部高原では、1975年直後からコーヒーなど各種の工業作物の大規模栽培が図られましたが、実際に成功し始めた
のはドイモイ(刷新)が始まった1986年末以降。その後コーヒーの価格が上昇すると、各地の放棄された多数民族入植地に外来少数民族(自由移民)が押
し寄せ、また多数民族も再び入植を開始しました。
人口爆発のインパクトや先住民の不満はコーヒー景気が続いている間は露見しませんでしたが、2000年のコーヒー価格暴落後は、焼畑による主穀栽培をや
めてコーヒーに切り替えた先住民族は飢餓に直面し、社会不安が深刻化して暴動が続発しています。

1975年以前には一見人口過疎に見えた中部高原ですが、焼畑巡回農法を主体とする持続可能な営農という観点から見れば、すでに過密状態でした。移民の
激増によりこうした農法は難しくなり、一方で水を大量に消費するコーヒー産業はちょっとした旱魃でも農業に大打撃を与え、旱魃対策としてのダム造りは水
没土地の強制収用により更に先住民の反感を買い、困難が続いています。

ベトナム共産党が行った方策は、結局、タコが自分の足を切ってタコヤキにして食べているようなものであり、抜本的な解決策ではなかったのです。
以上

 締めのタコ足の話、おもしろいですよね。生き延びるために、自分の足を食べてしまうタコのように、ベトナムの国内に互いに侵しあっている人々を悲しい程具体的に表していると思います。
 でも、これって、文化大革命で、中国が犯した間違いととても良く似ていて、身近なところで、しかも共産圏という、思想的にも同じ物を目指しているはずの国同士なのに、負の経験が生かされる事無かったことに、ちよっとびっくり。つくづく、人間は愚かだと思ってしまいます。
 ベトナムで、今どんな事が起こっているのか、旅行社が教えてくれないベトナムの現実を知りたい方、ぜひ25日 午後7時、小平津田公民館に、いらっしゃいませー!
 津田公民館小平市津田町3-11-1 Tel・Fax:042-342-0863

赤ちゃんポスト

 親が育てられない赤ちゃんを受け入れるための、赤ちゃんポストが日本でも設置されるかも知れないと言うニュースが、ちょっと世間を騒がせています。
 「親と言う意識も無いのに子供を産むことが罪であって、そんな施設をつくったら、増々無責任な親が増えるだけだ」という反対派、「いや、そんな事より生まれて来た子供の命を助けるほうが先決だ。少しでも多くの赤ちゃんを救うためには、精神論より現実的な対応の方が有益なのだ」と言う賛成派。
 どちらも、もっともというか、各々の立場とか、因って立つ所がちらちら見えて、なんとなく調子良い感じで、私とシテは、批判ばっかりしてないで、行動起した方が信用出来る、ってもんだけど、それにしても、前回のブログでもいったけど、ほんと、今の子供達は何処に生まれるか、只それだけで天国と地獄の差があるんだよねー。
 だって、先進国の日本では、例え捨てられるくらい必要とされていない子供でも、社会にとっては大切な未来の納税者ということで(あっ、ちょっとひがみすぎかな?)、大人達がなんとか育てようと、ポスト迄設けていると言うのに、途上国では、生まれたばかりの赤ちゃんが、4歳になるのを待たずに沢山死んでいる。
 10月の講座で、川崎さんが「アフガニスタンの平均寿命は、男女共に40歳ちよっと、生まれたばかりの子供の10人に4人はちゃんと育たない」っていっていたのを、思い起こして、考えさせられるよねー。
 まあ、この理不尽と思える人口の落差も、地球が存続していくためには、大切な循環なんだとはわかっていても、あまりの不公平さに、胸が痛くなる。この状況をなんとかシェアしあう方法はないんだろうか。
 先日、スエーデンの環境コンサルタント、ペオ・エクベリさんが、地球上の途上国の人達が先進国の人間と同じ生活をしようとすると、地球が4つ必要。と、コレからきっとオコルに違いない、環境トラブルをとてもわかりやすく説明していたけれど、「うーん、ヤッパりなー」とは思っても、実際地球はひとつしかない訳で、納得してる場合じゃない。
 そこで、さっきのシェアと言う事。もちろん、エネルギーを節約したり、ゴミをださない努力をしたり、誰でもができる事を地道にやるのは大切だけれど、それ以上に、この地球の上に生きている人間の数のバランスをよくする事が先決の様な気がしている。
 とはいっても、生き物を誰かが無闇にあっちにやったり、こっちにやったり、線を引いたり、間引いたりするのは、将来のトラブルの元になるし、人道的にもやるべきじゃないから、高圧的な、力に寄る配分ではなく、もっと優しい、誰もが納得出来るやり方を考えなくちゃー。
 っていうことで、日本の赤ちゃんポストに、アフガニスタンの子供を受け入れるって言うのはどう? ミャンマーでもいい、南米の途上国でも良い、とにかく、親が育てられない子供は、国籍をとわず受け入れるつていうことにしたら、なんか煮詰まった問題に、びっくり水をさす様な効果があるんじゃないのかな?
 移民とか、難民とか、日本の国籍以外の人間は断固として住まわせない日本政府が、おいそれとそんな事を許すとは思えないけれど、世の中何がオコルかワカラナイ、ある日赤ちゃんポストをあけてみたら、ナイジェリア人の赤ちゃんと、アフガニスタン人の赤ちゃんが保育箱の中ですやすや眠っていたとしたら、いったい私たちはどうするんだろうねー。もしかしたら、それが人口問題の蟻の一穴になったりするかも、などと、脳天気なことを思わせた、赤ちゃんポスト報道でした。皆さんどう思いますか?

アフガニスタンの現状

先日お知らせした通り、10月21日の土曜は、第3回「インドな人口問題を考える」
 女性カメラマン、川崎けい子さんの講座でした。
  時間通りに現れた川崎さんは、3年前に「ひらく」が主催した「アフガニスタンの夕べ」の時と、まったく印象が変わってないのが印象的でした。きっと、彼女にとって3年なんて年月は、歳を重ねる程の長さもないのかも知れないな−、なんてツマンない事を思いつつ、川崎さん持参のビデオを見る。
 ビデオは、川崎さんがアフガニスタンで活動する拠点としている、女性支援グループ「ラワ」の紹介。
 1977年から、三十年くらい続いているラワの、最近の活動は、文字が読めない女性たちへの教育や、男女平等意識の普及。政府に対する抗議活動等、アフガニスタンを、民主的で住み良い(特に女性達にとって)国にするために力を注いでいる。川崎さんは、このグループの助けを得て、アフガニスタンでの取材活動を続けている。
 ソ連がアフガニスタンに侵攻して以来、アメリカからの爆撃、タリバーンの台頭と、次々に襲い掛かる悲劇の中で、それでも、人間として尊厳をもち、目的を持ち、古くから此の国に蔓延る因習を少しでもなくす事を目標に活動している、ラワの映像を見ながら、そして、その活動の中心が女性たちだということに、今さらながら女性の持つ不屈の生命力を感じた。
 「アフガニスタンの問題と、人口問題を結び付ける切り口は何だろう、と思った時、アフガニスタンに未だに残っている、というかそれが主流といっても良い様な、強固な因習と伝統ということが思い浮かびました。」
 まずは、私たちがお願いした、人口問題と、アフガニスタンの現状、などという、ある種判じ物的な、テーマを川崎さんなりに料理してくれたことに感謝。だって、「人口問題は、地球上のあらゆるものに関連する問題だ。」などという、ひどく抽象的な私たちのニュアンスを、しっかり言葉にしてくれたんだから……。実を言うと、私たちの中でも、人口問題と、アフガニスタン、(言い換えるとイスラム社会の、宗教感と、現実が人口問題に与える影響とでもいいましょうか)が、゛とのように結びつくのか、はっきり言葉に出来ない所があったので、川崎さんの「強固な因習と伝統を切り口にした人口問題」という、リアルな言葉には、ほんと、ドンピシャの感アリだったのです。
 「アフガニスタンの女性たちは、ほんとに辛い立場にたっています。今は国連軍が入ってきていますから、女の子達が学校にいける機会も多少は増えましたが、その前は、女の子は教育を受ける事は罪だとされ、学校はおろか、一人で外に出る事も禁止されていました。」
 頭からすっぽりかぶる、ブルカという民族衣装に象徴されるように、女達が、学校にもいけず、働きにも出られず、世の中の事を知る事さえ禁止されていた、以前(国連軍が来る前)のアフガニスタンでは、女の地位は低く、殆ど人間として扱われておらず、唯一民主的に男女同権の生活がおくれたのは、難民キャンプの中だけという、皮肉な現象がおこっていたようです。
 しかも、地位が低いとか、自由を奪われる、といった、他の途上国でもまま観られる様な女性差別だけではなく、もっと陰惨で、残酷な虐待が、女性似行われていた例も多く見られたと言います。
 例えば、アフガニスタンでは犯罪が起きるとその地域の長老達が集まって、その地域の掟に従った判断を下す伝統あるのだが、その判断は大きな力を持ち、政府下での正式な裁判より、民衆に支持されている。
 最近国際的にも物議をかもした、イスラムからキリスト教に改宗した男の裁判も、此の種のものだが、これも、アフガニスタン政府の裁判と云うより、タリバーン時代のイスラム法を元にした、国際的にはとうてい理解出来ない制裁であり、死刑を宣告されたアブドル・ラーマン氏は、世界各国からの強い抗議に屈して、彼を解放したが、アフガニスタン国内では、死刑は当然で、政府のやり方に、強い不満を持っている国民が、多いという。
 此の他にも、殺人や、レイプ等の凶悪事件を起した被告の罪を、その男の家族、それも7歳以下の女の子をドレイとして差し出すという、信じられないような前近代的な判決も未だに行われていて、つい2年前にも、レイプをした男がつかまって、レイプされた女性の家族に、男の幼い娘が差し出され、毎晩想像を絶する酷い拷問を受けていたのを、村人が助け出した、という事件も報道されている。
イスラム社会での女性の地位、扱われ方は、私たち民主主義社会に生きているものにとっては、自由も、思想も、抵抗する力も、およそ人間らしく生きていくために必要なものは、根こそぎ男達に奪い取られているように見える。それでも、イスラムの人達のやり方は違っても、愛することや、慈しむ事を大切にする心情を、彼等の口から聞いたりすると、文化の違いこそあれ、やはり同じ人間だと思っていたのだけれど、幼い子供を虐待したり、恋愛絡みの事件で、女性が石打ちの刑にあったりしているのを聞くと、こりゃーもー、文化とか、宗教じゃなく、人間性に欠陥があるとしか思えなくなって来る。
 「こういった、因習に縛られたアフガニスタンの人々をみると、教育と云うものがいかに大切か思い知らされる」
 という川崎さんのため息まじりの話の通り、人間として基本的な知識や、考え方を教えられず、只周りの云うがままにしか行動出来ないコトから生まれる悲劇は、小さい時からの民主主義教育でしか解決出来ないように思える。
 今私が読んでいる「テヘランでロリータを読む」という本の中には、ホメイニ時代のイラクで、どんなふうにして自由の風土が侵食されていったかが、リアルに描かれているが、イラクのように、一度は民主主義の風を受け止めた社会でさえ、イスラムの力が強くなると、一瞬のうちに自由のない、息が詰まる様な社会になってしまう。ましてや、アフガニスタンのように、何百年の時が止まってしまっている様な、閉鎖的な地域では、容易に自由の風はふかないのだろう。
 それにしても、何処の国に生まれるかは、子供達が望んだものではないのに、産まれ落ちた国がどこかというだけで、これだけギャップがある今の社会は、なんとも悩ましいものだ、とつくづく考えさせられた、講座でありました。(長老達の裁判の呼び名や、罪の呼び名など、チヨット自信がないので書きませんでした。どなたかフォローお願いしますー) 
 ト、同時に、何処で生まれようと、自由と尊厳を持って生きていける環境が、全ての子供に用意されることが、人口問題を考える上でまず必要なのだという思いを、つよく感じさせられました。